テキスト巻頭言より (代表 古屋聡)

 みなさんとここでお会いすることができてたいへんうれしく思っています。本日は盛り沢山の内容で、日程中の「主催者あいさつ」ではしゃべる時間は全くありませんので、ここに書かせていただきます。
そもそも「山梨お口とコミュニケーションを考える会」という会は今日のために名前をつけて出来上がったものです。どうしてこんな会ができたか?
どうして今回のような研修会が成り立ったか?を以下でご説明したいと思います。

 僕は訪問診療を主たる仕事とする診療所の医師ですが、数年前ある患者さんに出会いました。
その方は脳血管障害により半身のマヒがありましたが、自分の口で食べられていて、社会性のある元気な方でした。ある日僕は、訪問診察でその方のおなかに触ったところ、拍動するもの-いわゆる腹部大動脈瘤-を見つけました。破裂する危険が生じてきているサイズでしたので、しばし治療方針について考えるに「こんなに活動的な方だから手術をして破裂の危険がなくなったほうがよい」、それで僕のすすめによりその患者さんは入院して手術を受けました。
ところが手術自体の経過はよかったのにも関わらず、全身麻酔で一時絶食になったことをきっかけに、その患者さんは口からものを食べられなくなりました。
結局胃ろう(腹部の皮膚を通して胃に孔をあけそこから栄養物を流す方法)が導入されて、自宅での療養に戻りました。

 僕は手術前に食べられていたのだから、また口から食べられるようになって欲しいと心から願っていたので、多くの人に相談しました。
 本日この場にきてもらっている言語聴覚士の平澤さんも歯科医師の小沢先生も中村先生も、またこの山梨市の耳鼻科の白倉先生にもこの過程でお仲間になっていただきました。この集まりが本日の「山梨お口とコミュニケーションを考える会」のもとになっています。

 この患者さんの嚥下機能の評価は、残念ながら仲間うちではかなり厳しいものでありました。しかしここでかねてから名前を聞いていたが顔は知らなかった在宅歯科衛生士、牛山京子さんにダメもとで訓練を頼んでみた結果、なんとまた口から食べられるようになってきました。と同時に、脳血管障害に続く「上手にしゃべれない、食べられない」状態からすっかり社会参加の意欲を失って、やや自暴自棄になっていたように見えた患者さんが、以前の明るい社交的な雰囲気を取り戻していったのです。
これをいわゆる「牛山マジック」とよびますが、彼女の訓練は「機能を高める、もしくは取り戻す」だけでなく、訓練自体が「社会とのコミュニケーションの回復」であったのです。
 これを機会に僕は、口とコミュニケーションと生活の質に非常に密接な関わりがあることを実感することになりました。
 一方で、僕はインターネット上の健康学習メイリングリストで、すぐれた歯科関係者の活発な活動が、一般的な保健指導を越えて人生の支援になっていく姿を見聞きしていました。特に関西での活動がさかんなわけですが、その代表ともいえる方々が本日お招きしている岡山大学の岡崎先生であり、なにわ歯っぴい劇団でした。
 特になにわ歯っぴい劇団のパフォーマンスはうわさに聞くだけで直接見たことがなかったので、ぜひ山梨で公演してもらいたいと思っていました。それが今回、地域社会振興財団のおかげで思いがけず実現することができました。ここに改めて深く感謝を申し上げます。

 こうして地元で活躍する仲間たちで、関西を中心に全国で活躍する方々を迎える企画がスタートしました。
 僕にとってのもうひとつの大きなキーワードは「教育」でした。健康学習メイリングリストのなかでも、岡崎先生は小児歯科の先生であり、口の話から発達、生育環境、家族関係、人類遺伝学といった話まで幅広く展開され興味がつきないものがありました。岡崎先生はすでに山梨でも何度も講演なさっており、ファンもたくさん存在します。山梨大学附属中学校の岩間先生をはじめとする養護教諭の先生たちも活力あふれる発言をされていてたいへん触発されました。
 そういうことで、僕たちは近傍の養護教諭の先生たちにも、この企画にご参加いただくことにして、まず僕の娘が通う塩山南小学校の山岸先生をゲット、さらに複数のソースから塩山市のお隣の大和村では小中学校を中心にして口腔ケアの取り組みが村おこし的展開になったことを知りました。たいへんお恥ずかしいことにそれまでまったく知らなかったのです。そうして今日コメントいただく大和中学校の飯島先生に会うことができました。その素晴らしい取り組みは立派な冊子になってまとめられています。

 本日は、診る人診られる人、介護する人される人、育てる人育てられる人、赤ちゃんからご老人まで、全ての人が集ってそれぞれが当事者になる企画です。

まるでばらばらな内容を寄せ集めたみたいになって見えるこの研修会ですが、本日の最後にはきっとみんなが共通の目標を見据え、同じ道を歩んでいるように実感できると信じています。

 僕たちは職種を越えて、全ての人の幸せに貢献したいと考えています。


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