いつか来る人生の終わりに向けて自分のために
そして引き継いでゆく大切な人たちのために
遺言そして相続
誰にでも公平に訪れる死、財産が無い人も、家族のいない人も、自分がどんな思いで生きてきたか
そして、今どの様な心情でいるのか、書き記すことの意味を考えてみます。
長かった人の一生もいつか終わりすべてが無に帰す時がきます。
夢と希望に満ちたあのとき、悩み、苦しみ眠れず過ごしたあの夜。
そのすべてが一瞬のうちに宙空に溶け込んでいきます。
この地球でさえいつの日か宇宙の屑となる日がくるのです。
自分は何者か、自分の生と死に何か意義があるのか、それともまったく無駄なことなのか
答えが出ないことがわかっていても問いかけずにいられない自分がいます。
せめて紙にそっと書いてみよう、自分が生きてきた証を、そして何に悲しみ、何を喜び
本当はこう生きたかった、溢れる後悔でもいい。
やりなおしのきかない人生に決着を付ける、心の整理、それが遺書かも。
心の問題とは違う現実問題である
人の死は、特に遺族にとっては事件である。
悲しみにくれる暇も無く次々に事務的処理をこなさなければならない
そんな時、逝った人の意思が明確に示されていたら
「葬式はこんな形でやって欲しい」」長年住んできた家屋敷はこんな風に継いで欲しい」
少なからず穏やかな気持ちになれるでしょう。
なにも財産が無い人でも、例えば何かの保証人になっているとか、クレジットで何か買ったとか、
生命保険に入っているとか、何かしら書き残すべきことはあると思います。
遺言は逝く人から遺された人への気配りです。
人の死によって、その権利も義務も消滅します。
しかし、日々の営みは続きます。そこで法律は切れ目無く故人の
権利、義務を 承継させるために相続という制度を設けたのです。
民法第896条(相続の一般的効力)
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。
この条文があるので相続人は故人の遺産を手に入れることもできるし
反対に借金を背負うこともあるのです。
遺産だけ貰って、借金は知らないというわけにはいきません。
亡き父が生前「私が死んだら全財産はお前にあげる」と遺言を残していたとの主張。
このケースは結構、多いです、当人の思い込みも強くやっかいです。しかし
民法第960条(遺言の方式)
遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない。
遺言の方式は厳格に定められています、口頭での遺言は完全に無効です。
仮に何らかの書面が残っていた場合には家庭裁判所による検認(方式の適合性)
が必要です。
民法第1004条(遺言書の検認)
遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様とする。
2 前項の規定は、公正証書による遺言については、適用しない。
3 封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。
遺言は亡くなった人の意思が明らかになるのでトラブルを避けるための有効な手段ですが
遺言は書面でしかも決められたとおりに作られていないと役に立ちません。
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