極真会館について

国際空手道連盟 極真会館とは?

大山倍達総裁の遺志を継ぎ行事・大会他を忠実に遂行し続け進化発展する唯一の空手世界団体組織です。

松井章奎館長写真
国際空手道連盟 極真会館 館長 松井章奎
経歴
極真会館八段。1963年1月15日生まれ。13歳で極真会館に入門。14歳で初段取得。その空手は華麗にして重厚。天性の勝負感と稽古で培われた緩急自在の組手で、「不世出の天才」「貴公子」と異名をとる。その後、17歳で第12回全日本大会に初出場第4位入賞。以来、全日本大会及び世界大会に8回出場。うち、優勝3回、3位3回、4位1回、8位1回などすべてに入賞する。全56試合の通算成績は50勝6敗。なお、第17回、18回全日本第4回世界大会にかけて3連覇。1986年には空手界最大の荒行と言われる「100人組手」を完遂。これらの実績は極真史上ただ一人だけ成し得た最高の戦績である。1992年5月本部直轄浅草道場を開設。1994年5月国際空手道連盟極真会館館長に就任。現在、組織運営のかたわら、世界各地を訪問し、技術指導、後進の育成にあたる。

道場訓

一、吾々は、心身を錬磨し確固不抜の心技を極めること
(私たちが、空手を修行する目的は、自分自身の体と心をきたえることにあり、真剣に稽古に打ち込むことで、どんなことにも動じない心と強い意志を習得して行かなければなりません。)
一、吾々は、武の神髄を極め機に発し感に敏なること
(私たちは、武道としての空手の道を徹底的に追求していくことで、どんな状況でも臨機応変に対応する力と相手の心を理解する思いやりや優しさ、どんなことにも素直に感動できる心を身につけなければなりません。)
一、吾々は、質実剛健を以って克己の精神を涵養すること
(私たちは、自分自身を飾ることなく、真面目で素直に空手の修行に打ち込むことによって、自分自身に打ち勝つ強い心を養っていくことを心がけなければなりません。)
一、吾々は、礼節を重んじ長上を敬し粗暴の振舞いを慎むこと
(私たちは、礼儀を身につけ、目上の人を敬い、人前で空手の力を誇示するような行動をとってはなりません。)
一、吾々は、神仏を尊び謙譲の美徳を忘れざること
(私たちは人間の力が及ばない自然や宇宙の摂理を重んじ、神や仏を敬い、相手のことを大切にし自分を謙遜する態度を忘れてはなりません。)
一、吾々は、智性と体力とを向上させ事に臨んで過たざること
(私たちは、空手の修行によって知性と体力を向上させ、どんな状況でもあせらず、冷静に対処できるようにならなければなりません。)
一、吾々は、生涯の修行を空手の道に通じ極真の道を全うすること
(武道としての空手の修行は、一生かけて追い求めるものであり、一生を通じて極意に一歩でも近づこうとする姿勢、それが極真空手の本義である。)

大山倍達座右の銘

  • 一、武の道は礼にはじまり礼に終わるよって常に礼を正しくすべし
  • 二、武の道の研究は断崖をよじ登るがごとし休むことなく精進すべし
  • 三、武の道においてはすべてに先手ありしかれども私闘なし
  • 四、武の道においても金銭は貴いものなりしかれども執着すべからず
  • 五、武の道は姿なり何事においても常に姿を正しくすべし
  • 六、武の道においては千日を初心とし万日の稽古を持って極みとす
  • 七、武の道における自己反省は常に練達への機会なり
  • 八、武の道は宇のためにあるものなり修練にて私心を忘れるべし
  • 九、武の道においては点を起こし、円を終とす線はこれに付随するものなり
  • 十、武の道においては真の極意は体験にありよって体験をおそるべからず
  • 十一、武の道において信頼と感謝は、常に豊かなる収穫を得ることを忘れるべからず

極真の精神

極真とは、「千日をもって初心とし、万日をもって極みとする」という武道の格言から発した名称です。完成はないと言われるほどの、厳しき険しい武道の神髄を極める意です。極真会館に伝統的に受け継がれている精神である「頭は低く目は高く、口慎んで心広く、考を原点として他を益す」とは、創始者である故大山倍達総裁自身が、長年の厳しい修行人生の中で確立した極真精神です。また一方では、極真の挨拶「押忍」の精神には、尊敬、感謝、忍耐と言う精神があります。

空手は武道である

すべての武道は、いずれも厳しい自己修練を課し、その奥義を極めることによって自己の人格形成、すなわち人間としての正しい道を極めることを目指すものです。極真空手は、この武道本来の意味を全うすることを本義に置いています。また直接打撃制、無差別による実践的空手を通し、相手の痛みを知ることによって、人間本来のやさしさを知るという理念も、極真の信ずる道です。

観空マークの意味

極真のシンボルマーク。まん中の円を囲む四つの弧状の線は実はマークに現れていない円(がある)の一部である。つまり、見えない円を含める。